ホームセンターからのお知らせイベント日本環境共生学会企画セッション開催(報告)
持続的共発展教育研究センターでは、臨床環境学の教育と社会連携に関する企画セッション「臨床環境学が拓く持続的共発展への道」を、日本環境共生学会第17回(2014年度)学術大会(徳島大学常三島キャンパス)において開催しました。臨床環境学の理念と方法に基づく人材育成と大学社会連携の現状を報告し、今後について討議しました。
日時:2014年9月28日(日)15:40-17:20
場所:徳島大学常三島キャンパス 工学部共通講義棟501
(1) 臨床環境学-グローバルCOEプログラムから共発展センターへ
中村秀規(名古屋大学)
(2) 臨床環境学の方法論
高野雅夫(名古屋大学)
(3) 伊勢湾沿岸域で考える-答志島と三河湾での臨床環境学研修
神山拓也(名古屋大学)
(4) 伊勢湾流域圏での臨床環境学研修の展開
岡村鉄兵(名古屋大学)
座長 高野雅夫(名古屋大学) 討論者 中村秀規(名古屋大学)
本セッションは、名古屋大学が取り組んできた「臨床環境学」教育研究の取り組みを紹介し、環境学における人材育成と大学・社会連携に関する今後の展望について討議することを目的として実施されました。名古屋大学グローバルCOEプログラム「地球学から基礎・臨床環境学への展開」(2009-2013年度)から大学院環境学研究科附属持続的共発展教育研究センターの設置にいたる臨床環境学の実践と展開が報告され、臨床環境学の理念と方法に基づく人材育成と大学社会連携の今後について議論されました。
まず4件の報告が行われました。第一報告では、環境問題や文明の持続性に関する診断型学問(地球科学、生態学、地理学など)と治療型学問(工学、農学など)をつないで、社会と学問とが連携して問題解決にあたる臨床環境学の理念が示され、インターディシプリナリ、トランスディシプリナリ、問題マッピング、及び作業仮説ころがしというキーワードが紹介されました。同時に大学院博士課程における教育プログラムから教育、研究、及び大学社会連携のための組織的展開として持続的共発展教育研究センター及び臨床環境学コンサルティングファームの設置へ展開し、俯瞰力・現場力を持って持続可能な社会作りに貢献できる研究人材の育成と、より直接的に環境問題解決に社会貢献する研究活動が始まっていることが示されました。
第二報告では、臨床環境学の方法論が概説され、その具体的な適用事例が紹介されました。地域の持続可能性に関して、地域活動のキーパーソン・組織であるドライビングアクターとともに関係者が問題の診断から処方箋に関する仮説をつくって、実践活動を行い、検証・評価する作業仮説ころがしの枠組みが紹介されました。また、地域ステークホルダーと研究者がコミュニケーションツールとして問題マップを作成し共有していく過程が示されました。名古屋大都市圏を対象とした実践事例では、都市圏を支える中山間地域の持続可能性が着目され、特に過疎問題がクリティカルな問題として同定されました。将来人口シミュレーションから過疎の原因が明らかにされるとともに対処シナリオが地域関係者とともに検討され、行政組織、地域住民、移住者等が中山間地への移住定住に関するトランスディシプリナリ研究を進めている事例が紹介されました。定期的な交流・家作りのプロジェクトを実施することで移住・定住者が増大する実践結果が示されるとともに、実践的個別的な問題マップが作成され、具体策の実行と検証に用いられていることが紹介されました。
第三報告では、臨床環境学が目指す俯瞰力と現場力を有する人材育成としての博士課程教育プログラムである臨床環境学研修(オンサイトリサーチトレーニング、ORT)が紹介されました。異分野学生チームを編成し、幅広く現地の問題を学習する現地実習を行った後、特定の研究テーマをチームごとに設定して診断から処方までを作業仮説ころがしによって練り上げ、最終的に現地で地域に対して報告会を行う内容です。2013年度に行われた2チームの事例が示されました。伊勢湾の答志島を対象とした調査では島の人口問題をテーマに人口シミュレーションから島外からの人の呼び込みのための施策提案までを行ったことが紹介されました。三河湾の干潟をテーマとしたチームは、人工・天然干潟の多様性、干潟を巡る対立の歴史的変遷、現在の干潟ステークホルダーの認識の多様性を明らかにし、そうした多様性に気づくための環境教育用の干潟シートを提案したことが紹介されました。
そして第四報告では、2014年度の博士課程でのORTと、新たに2014年度より修士課程も対象に含めて実施されているスタディーツアーについて紹介されました。三重県櫛田川流域を対象として今年度進行中のORTについては、学生がどのように現地実習で環境や持続可能な地域づくりに関する問題とそれへの対処を学んでいるか、そしてどのように研究テーマや作業仮説としての診断と処方案を絞り込んでいったかという研修のプロセスが具体的に紹介されました。バイオマス発電、地産地消、林業、歴史文化、水力コミュニティ発電、エコツーリズム、生物多様性、漁業・生業といったさまざまな学習内容から、追加現地調査を経て、過疎地域の持続性をテーマとし、「都市在住ボランティアは過疎地の維持管理に貢献できる」という仮説を立てて研究を進めていることが示されました。またORTと同様の理念で修士課程学生も対象としたスタディーツアーがスポット的に実施され、耕作放棄地、水力発電ダム、ピコ水力発電製作体験を対象としており、学生にとって知識・発見においても、研究のモチベーションにおいてもポジティブなインパクトが生じていることが紹介されました。
以上の報告者の発表を受け、個々の演題に対する質疑応答および総合討論が行われました。
まず座長より、臨床環境学は大学改革の試みであり、教育、研究に次ぐ大学の第3の使命として社会貢献が位置づけられている現状から、研究にも教育にも社会貢献の側面が求められていることが補足説明されました。また組織的取り組みである臨床環境学コンサルティングファームでは行政、企業、NPOなどからの相談を受けて教員、研究員、学生が一緒になって研究しソリューションを作り出す試みであり、今年度10件実施中、来年度に向けても5件相談中であることが示されました。
フロアからグローバルCOEプログラムとして実施されていた教育プログラム(臨床環境学研修、ORT)を外部資金終了後どのように継続しているのか、また学生の獲得・自発性向上をどのようにしているのか、という質問がありました。前者については、今年度については大学本部からの支援金がありそれで一定規模を維持できていること、しかし今後に向けては外部資金の獲得や、受託研究との何らかの連携などを考えていく必要があるとの回答がありました。
後者の質問については、広い視野を持ちたいといった学生については問題ないが、それほど強い興味がない学生に対しては面白くて分かりやすい企画が必要ではないか、またソーシャルネットワークサービスで募集しているが参加した学生の興味に基づいて企画を作ることや修士課程でも(現在博士課程のみの)研修を実施するのがよいのではないか、という回答がありました。また、ゆくゆくは臨床環境学研修で行っているような研究テーマ設定と研究理念で修士や博士の学位取得が可能なプログラムができればよいという回答がありました。
また、学部課程でも同様の研修やスタディーツアーがあればよいのではないか、という質問に対し、ぜひ実施したいが環境学研究科が大学院のみの組織のため難しい、ただし基礎セミナーという大学1年生対象の授業で同様に地域づくり課題に対して地域に提案する前提で処方箋作りをさせている例があり、学部では学部なりに、修士では修士なりに、そして博士では博士なりに実施できるだろうという回答がありました。また、修士課程での研修実施は学生募集に有効との別のフロアからのコメントがありました。
さらに、臨床環境学コンサルティングファームでは、受けた相談全てに対して研究を実施するのかという質問があり、コーディネーターが全て相談には応じるが、学内教員等が対応可能なときのみ受託研究等として実施し、無理であれば実施しないこと、今のところ全て実施に至っていることが回答されました。大学を低料金コンサルタントとして使う懸念が無いのかという質問に対しては、民間コンサルタント会社と競合しない、彼らがやらないようなテーマを対象としているとの回答がありました。
最後に、提案される処方箋は特定の地域団体などでなく地域全体や行政によって採択されるのかという質問があり、受託研究として実施する場合はそのようになる前提で実施しているが、学生の研修から出る処方箋については十分なレベルでなくそうした取り扱いをするまでにいたっていないとの回答がありました。
以上のように、本企画セッションでは、臨床環境学研修の場で持続可能な地域づくりという対象に異分野学生が取り組み、地域社会への成果還元を目的とした教育活動が展開されていることが示されました。同時に、大学が社会貢献をより意識した研究を行いつつある組織的試みが示されました。持続可能な社会づくりに向けた環境分野の大学改革がさらに進むことが期待されます。