Education and Research Center for Sustainable Co-Development, Nagoya University

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センターからのお知らせ

2014年06月13日 持続的共発展教育研究センター設立記念シンポジウムに関する教員ブログ記事

5月9日に開催された持続的共発展教育研究センター設立記念シンポジウムに関して当センター事務局長(兼任教員)が以下のとおりブログ記事を執筆しておりますのでご紹介します(本記事の内容は執筆者の見解であり、大学、研究科、センターの見解を述べたものではありません):

理想を語らず

「私は理想を語らないことにしています。」

私も中心メンバーの一人として立ち上げに参画した名古屋大学大学院環境学研究科附属の持続的共発展教育研究センターの設立を記念するシンポジウムで、三重県松阪市長の山中光茂氏がこう発言したとき、会場は怪訝な空気に包まれた。山中市長は33歳で初当選し、大胆な政策で市民が主体的に取り組む地域づくりを主導している。むしろ市民に理想を熱く語ることで、市民を導いてきたのではないのだろうか?

「学者の先生方の提言もあえて無視します」とも。大学と社会の連携をしっかり進めようという主旨のシンポジウムの場で、いささか挑発的な発言である。

市長の真意は以下のようなものだ。何が理想で、どうあるべきか、どうするべきか、外部の専門家に言われるまでもなく、現場の人間は痛いほど分かっている。分かっていて、できない。それにはそれなりの理由があるのだ。その理由をよくよく理解したうえで、それでもそこを突破していくにはどうすればよいか。そこにこそ専門家や外部の人の力を借りたいところなのに、そういうところまで踏み込んだ考察をしてもらえることはめったにない。大学が社会へ貢献するというのならば、そのような深さでの分析、考察をした上で、現場が二の足を踏んでいるところをあえて突破できるような知恵と支援を期待したい、ということである。

これは市長自身の自戒でもあるのだろう。理想を語り、あるべき論を展開しても地域で日々苦労している地域リーダーたちはしらけてしまうだけだ。あえて理想を語らないのは、日々現場で苦労し悩みながら、でもあきらめずに進んで行こうとしている市民に敬意を払うということなのである。市民が何に苦しんでいるのか、すべてはそこからスタートする。そしてそこを突破するにはどうすればよいか、いっしょに寄り添い悩むことで、市民による自治の力を引き出していくこと。それがこの時代に求められる行政の仕事であるということを、山中市長もまた現場で学んだにちがいない。

そしてまったくおなじことが、地域に貢献しようとする学問のあり方としても言えると私は考えている。新しいセンターが目指すところもそこにあり、市長の発言はシンポジウムの主旨に完全に合致していたのである。

理想を語らず、できない理由をリアルに明らかにした上で、それでもあえて「どうしたらできるか」と問う。その問いへのソリューションを市民といっしょに見つけ出すこと。すべては市民の自治力を向上させることにつなげること。私たちが目指す学問の姿をクリアに認識させてもらったシンポジウムになったのである。