名古屋大学グローバルCOEプログラム 地球学から基礎・臨床環境学への展開

BCES

拠点リーダーメッセージ

環境学の新たな境地を拓いたGCOEプログラムの5年

文理融合の高みをめざして

 名古屋大学大学院環境学研究科は、理学、工学、社会科学の異なるディシプリンの出身者が地球環境科学専攻、都市環境学専攻、社会環境学専攻を構成してそれらが大合同する、日本で最初の本格的文理融合型研究科として2001年に発足した。それに際して、a)自然災害や高齢社会における脆弱性とその克服に係わるResilience(サーカスの綱渡り師の崩れたバランスを取り戻す復元力)を扱う学問としての「安全・安心学」と、b)気候変動など地球環境のSustainability(綱上で現在のバランスを足場として次の一歩を踏み出す動的安定性)を扱う学問としての「持続性学」という、構成員の出自である縦型ディシプリンを繋いで「2つの梁 (Collaboration Beams) 」を構築して新しい学理の共同制作活動に向かうことをミッションとして掲げた。
 グローバルCOEプログラム「地球学から基礎・臨床環境学への展開」は、これらのうちの「持続性学」グループを中心として、それまで活動していた環境学研究科地球環境科学専攻、地球水循環研究センター、太陽地球環境研究所、年代測定総合研究センターが集まって進めてきた21世紀COEプログラム「太陽・地球・生命圏相互作用系の変動学」のグループと、都市環境学専攻・工学研究科社会基盤工学専攻が集まった脱温暖化都市研究グループとが合流して、社会環境学専攻が進めてきた魅力ある大学院プログラム「社会環境学教育カリキュラムの構築:専門性に裏付けられた環境実務家養成プログラム」も参考にしつつ、テーマを統合して、環境学研究科の全3専攻と生命農学研究科が申請したものである。このプログラムは、2007年度には上記2グループが別々に申請し、両方とも不採択となり、当時研究科長であった私は困った。今から振り返ると、「別々のテーマを出して未だ縦型から脱していないではないか、もう一段高い目標を持って進め」という神様の思し召しであり、この失敗によって「基礎・臨床環境学」という真に横断的な梁 (Thorough Collaboration Beams) の境地に到達したのではないかと思う。

ORT―現場が抱える問題群を診断し、治療する

 良いお医者さんは、人間の体の血圧やMRI画像などデータをよく見て科学的な診断を下した上で、薬の処方や手術などの技を駆使して治療に当たる。ところが、地球や社会の病理に関しては、診断から治療まで興味を持つ研究者は少ない。理学出身者は気候変動等の自然現象変調の観察に興味があっても、その治療には無関心である。逆に、工学、社会科学の研究者は治療としての技術や政策に強い興味を持つが、 原因の診断には興味がないことが多い。そこで、本GCOEでは、実際の現場で生じている問題群を診断から治療までを通してみるOn-site Research Training (ORT) の手法による臨床環境学と、環境思想から気候変動や生物多様性のメカニズムなどとともに臨床から得られた一般原理を扱う基礎環境学を設置した。
 ORTは、経済の発展段階の異なるラオス、中国、日本の都市と農村を対象に、それぞれに、たとえば氷河研究、都市計画研究、生態系研究など異なるバックグラウンドを持つDC学生の混成チームを結成して現地に入り、そこで生じている環境問題を診断し処方箋を作成する作業に取り組んだ。ラオス班では、ユーカリ植林が生物多様性を損なう現象を診断によって見いだし、逆に、森林を減少させると批判される焼畑は狩猟・放牧を許しつつ数年サイクルで地味を肥やす持続的システムとして残していく治療をすることや、貨幣経済前の村人の幸せな生活ぶりを見て「周回遅れのトップランナー」として見直すことを提案した。中国班では、政府が工場を誘致して農業を畳んでしまう激しい都市化による地下水位低下、窒素循環激変、大気汚染、地域社会の崩壊の症状を診断し、産業や交通など経済志向だけでは環境システム全体が崩壊しかねず、水や窒素の循環を考慮した都市計画や「コントロールされた成長」の必要性を解いた。伊勢湾流域班では、櫛田川流域の高齢化する中で農業、畜産業が衰退するとともに狩猟されずに放置されたシカの過剰な繁殖などを診断し、シカを食肉化して販売する流域の上流の農山村と下流の企業が協力し合う新しい産業創出の提案もした。学生には、単に現場で診断し直接の治療提案をするだけでなく、そこから一般原理を導くことを要求した。「周回遅れのトップランナー」、「コントロールされた成長」などが彼らの回答の例である。さらには、現地でのセミナーを開催し、診断と治療を現地の方々にも理解される方法で発表、意見交換することを求めた。ラオスの村では、文字が読めない人が多く、結果をラオ語とイラストで示す小冊子を作成して配布もしている。

異分野がつながりあい、柔軟に思考できる人材へ

 ORT活動では、各国に出向いて英語あるいは中国語、ラオ語も交えながらコミュニケーションをはかり、多くのDC学生が2年以上現地で診断と治療を続けた。新たな境地を切り開き、問題を柔軟に捉えて横断的につなぐ思考をするのはむしろ学生であり、彼らが先生となってしまうことが往々にしてあった。このようなグローバル複合人材が育ったことは、GCOEプログラムで掲げた臨床環境学の目的の実現であり、一つの大きな収穫であった。環境学研究科、生命農学研究科などの教員が「診断から治療まで」を合い言葉に一つの目標に向かって連携できたことにより、学生のみならず教員同士が刺激し合い、学生に教えられて目から鱗を体験して、新たな展望を持つきわめて貴重な機会となった。
 また、伊勢湾流域圏の櫛田川流域におけるORTの中から松阪市などから委託を受けて続けるプロジェクトが生まれてきた。そこで、これらを引き受ける「臨床環境学コンサルティングファーム」を環境学研究科に設立することとなった。それは、今後、国内外の複合した原因に起因する種々のクリティカルな問題のコンサルティングを引き受け、Dr修了生がそこで活躍する場となる。また、ここで育った、高い専門性を身につけながら、他方でいかなる問題に遭遇してもグローバルな視点から診断と治療ができるDC学生は、大学などでの従来型の研究者としてだけではなく、国際機関や企業に展開し、さらには、他の多くの国のように博士取得者が、しかもここで広い思考力を身につけた人材が政治家にもなってほしい。コンサルティングファームは、これらに果敢にチャレンジし、しかし、もし失敗してもクリエイティブな職場がいつも提供されている、そんな場としたい。
 グローバルCOEプログラム「地球学から基礎・臨床環境学への展開」のめざしたものは、最近立ち上げられたリーデリング大学院プログラムが目標とする人材像そのものである。本プログラムは奇しくも、それに先駆けてグローバル複合人材育成の一つのモデルを提供することになった。この成果を、広く他のプログラムや我が国の大学でのDC教育にも使っていただけるよう、一層進化させていきたい。

平成26年2月 拠点リーダー 林 良嗣

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