名古屋大学グローバルCOEプログラム 地球学から基礎・臨床環境学への展開

BCES

セミナー

GCOE特別セミナー
「地球環境問題と科学外交」

スケジュール

2009年12月21日(月) 15:30-17:00(予定)
環境総合館1階レクチャーホール

講演者

米本昌平氏(東大特任教授 名大環境学研究科客員教授)

問い合わせ

安成哲三(yasunari (at) hyarc.nagoya-u.ac.jp)

詳細

地球環境問題と科学外交

 

今日、地球温暖化をはじめとする環境問題が外交交渉のテーブルにのることを、われわれは奇異なこととは思わない。だが、本質的に国際政治という空間は軍事 力を背景に国益を争う場であり、伝統的には安全保障問題をハイ・ポリティクス、通商問題などそれ以外の外交課題をロー・ポリティクスと呼んで区別してき た。そして長い間、環境問題は国際政治からは黙殺されるロー・ポリティクス以下の位置にあった。欧州では1970年代末以降、酸性雨外交が展開されてきた が、その理由は、現実に欧州の環境が悪化したことと、東西対決を迂回する駒として環境問題が採り上げられたからである。
ところが1989年11月9日に突然、ベルリンの壁が崩れ、冷戦は終焉をむかえた。これによって米ソ核戦争の恐れは遠のき、緊張の空隙が生じた。それを埋 めるように国際政治の主題に急浮上してきたのが地球温暖化問題である。核戦争の脅威と、温暖化の脅威は良く似ている。両者とも、1) 脅威が地球大、2) 各国の経済政策と深く連動している、3) 脅威の確認が困難、という点で同型である。ただし、核戦争の脅威は後世に大量の核弾頭と戦車群を遺したのに対して、温暖化 の脅威は公害防止・省エネ技術の開発と投資を促すものである。前者は「悪性の脅威」、後者は「良性の脅威」と言ってよい。残念ながら人間は巨大な脅威を感じたとき、それに対抗するために科学技術を大動員する性癖がある。温暖化問題は何と幸いな脅威であろう。
環境外交の大きな特徴の一つは、科学研究と外交の枠組みが融合してしまうことである。最新の科学的知見を外交交渉のための基本情報として収集し編集する活動は「科学的アセスメント」と呼ばれるが、問題の性質によって科学研究と外交の融合の形は多様なものになる。温暖化問題は巨大スケールの問題であるため、 ばく然としたものにならざるをえないが、科学研究と外交が緊密に融合したのが、欧州における長距離越境大気汚染条約の機構である。この条約機構では、汚染物質の発生・移動・降下・被害・対策費用・経済成長などの数値を、この機構のために開発されたコンピュータ・モデルに計算させ、国別削減割当を算出するところまで外交と科学研究との融合が進んだ。EUの温暖化外交も欧州共通の環境政策の延長線上にある。またEUという不戦共同体がより現実のものになってた め、EUは温暖化問題を安全保障と同格のものに格上げしている。ただし、このような外交の形態が可能になったのは、関係国の大半が先進国だからと考えられ る。
東アジアに眼を向けると、東端の海の中に、国内の公害防止と省エネ投資を一巡させた最先進国・日本がぽつりと位置し、周囲の多くが発展途上国であるという、欧州とは大きく違った状況にある。そのことは、経済水準や価値観や政治体制が多様であり、環境問題での外交が成立しにくいことを意味している。
一般に、特殊な課題で国家間の交渉が行われ、国際合意が成立し機能するためには、それより前に、個々の懸案に関して国境を超えて自由に研究を行う研究者集 団が存在している必要がある。P・ハースはこれを「認識共同体 epistemic community」と呼んだ。専門家集団による研究活動により、国境をまたいだ課題の全体像が関係国の間で共有され、国際的討議の場が形成され、関係国が国内でその政策順位をあげることになる。環境という大義のためであれば、緊張をはらむ関係国が同じテーブルに着くことができる。とくに各国が異なった価値観をもっているのであれば、この落差を埋めるためにも国際共同研究を行うことが不可欠である。かりに研究資金を国連分担金の比率で供出すると仮定すると、日本の拠出は多額になるが、日本は多額を負担するからより強い発言権があるとは考えないことである。これが多国間の研究プロジェクトを、国際的な公共財として生かすための原則である。
共通の安全保障の枠組みがない東アジアにおいては、こうした環境協力を重ねていくことが、地域の安定に寄与することになる。世界最大のCO2排出国になり、古典的な公害問題も多数抱える巨大中国と、国内の省エネ投資を一巡させ、技術も保有する日本という、最も非対称な二国が東シナ海を隔てて隣りあっている。このような地域では緊張が生まれがちだが、逆に新しい国際関係を築くチャンスでもあり、知恵と出しどころである。

 

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